「現代の大学生。歴史学専攻。中立的な視点で全体を案内する」
ヨハネスブルグ出身、ソト人の家系。英語・ソト語・アフリカーンス語のトリリンガル。
▷ 再登場: ch01, ch02, ch03, ch04, ch05, ch06, ch07, ch08, ch09, ch10
全章に登場する架空のキャラクターたち。視点の偏りを避けるため、立場・民族・ジェンダー・世代・地域を意識して設計しています。
⚠️ 一部のキャラは歴史上の実在人物に着想を得ています(記載あり)。本ゲームの台詞・行動は教育目的の脚色を含み、必ずしも本人の実際の言動を再現するものではありません。
「現代の大学生。歴史学専攻。中立的な視点で全体を案内する」
ヨハネスブルグ出身、ソト人の家系。英語・ソト語・アフリカーンス語のトリリンガル。
▷ 再登場: ch01, ch02, ch03, ch04, ch05, ch06, ch07, ch08, ch09, ch10
「アフリカーナーの言語学徒。アフリカーンス語の歴史と構造を語る」
ステレンボッシュ在住。曾祖父はケープのワイン農家。
▷ 再登場: ch02, ch03, ch05, ch08
「ダーバン出身のジャーナリスト志望。現代南アの社会・経済を語る」
ズールー人の母とインド系の父を持つ。クワズール・ナタール大学在学中。
▷ 再登場: ch02, ch07, ch10
「カラハリ周辺の狩猟採集民。土地に「所有」という概念がない暮らしを語る」
南部アフリカに少なくとも7万年前から住む人々の末裔。クリック音を含む言語を話す。
ジュホアンシなど現代サン系言語に基づく架空人物。名前のスラッシュはクリック音表記。
「牛と羊の群れと共に季節移動する暮らし。後にヨーロッパ人と最初に接触する側」
ケープ南西部のコイコイ氏族。男たちが戦闘や交渉、女たちが家畜と家族を管理する社会。
▷ 再登場: ch02
「バントゥー系の南下、鉄器農耕、首長制社会の側からの語り。コサ・ズールーの祖先世代」
東部沿岸(後の現クワズール・ナタール〜イースタンケープ)に定住した一族。
「会社視点の「補給基地」「契約と利益」。植民が個人の選択でなく企業戦略だったことを語る」
1650年代にケープへ赴任。本国の上司への報告書を書きながら、現地の現実とのずれに気づいていく。
「インドネシア・マレーから連行された人々の視点。マレー語・ポルトガル語混じりの「キッチン・ダッチ」を話す」
バタヴィア(現ジャカルタ)から連れて来られた。アフリカーンス語の母の一人。後のケープ・マレー社会の祖。
17、18世紀ケープに連れて来られた奴隷の3〜4割は東南アジア・南アジア系。アフリカーンス語形成への寄与が大きい。
「入植者と先住民の「あいだ」に立たされた人。文化的にも家族的にも引き裂かれる」
コイコイ名はクロトア。10代でVOC長官の家に入り、複数言語を操る通訳に。実在の人物 Krotoa(1643?-1674)に着想。
※実在の歴史的人物 Krotoa に着想。本ゲームでの描写は教育目的の脚色を含む。
「1830年代のグレート・トレック参加者。英国支配と奴隷解放への反発、約束の地への信念」
4人の子供を連れて牛車で内陸へ。聖書を握りしめ、神に選ばれた民という自意識をもつ。
「シャカ王のもとで強国化したズールー王国。1838年血の川の戦いの語り手」
シャカの軍制改革で再編されたインピ(連隊)の一員。後にトレッカー・英軍の両方と戦う。
「ブール人共和国側の語り手。聖書と銃と「神に選ばれた民」の自意識。アフリカーナー意識の核」
トランスヴァール大統領を4期務める。「我が民を守るためなら何でもする」が口癖。最後は欧州亡命中にスイスで客死。実在の Paul Kruger(1825-1904)に着想。
※Paul Kruger に着想。
「ダイヤモンドと金で富を築き、ケープ植民地首相に。「ケープからカイロまで」と夢見る帝国主義の語り手」
1870年に療養目的でケープ到着。キンバリーで De Beers を、ジョハネスブルグで金鉱を支配。1895年ジェイムソン襲撃の黒幕として失脚。実在の Cecil Rhodes(1853-1902)に着想。
※Cecil Rhodes に着想。
「オレンジ自由国の農場主の妻。夫はゲリラ戦に従軍、自分は3人の子供と強制収容所へ。第3章の悲劇の核」
架空の人物。Bloemfontein 近郊の収容所をモデル。当時、収容所では栄養失調と麻疹で子供が次々と死んだ。約2万6千人のブール人女性・子供死亡者の象徴。
ブール戦争中の英国強制収容所では、ブール人の女性・子供を中心に約2万6千人が死亡したと推計される。
「自国(英国)の戦争犯罪を告発した英国人。1901年に収容所視察報告書を本国議会に提出」
コーンウォール出身のクエーカー教徒。South African Conciliation Committee を通じて収容所の実態を英本国に告発、世論を動かす。実在の Emily Hobhouse(1860-1926)に着想。
※Emily Hobhouse に着想。
「「白人の戦争」の影で、両軍の徴用と黒人収容所で死んでいった人々の代弁者。歴史から長らく消されてきた視点」
架空の人物。ソト人。キンバリーの鉱山労働者を経て、戦争中はゲリラの伝令、最後は黒人専用収容所へ。約2万人の黒人収容所死亡者の象徴。
ブール戦争中、黒人専用の収容所でも約2万人が死亡したと近年の研究で再評価されている。
「1912年結成のSANNC視点。1913年土地法に衝撃を受け、英国請願の限界を悟っていく」
英語で書き、英語で訴えるジャーナリスト・知識人。実在の Sol Plaatje に着想。
※Sol Plaatje (1876-1932) に着想。
「土地法によって農地を奪われ「白人農場の労働者」か「保留地への移動」を強いられる家族の母」
オレンジ自由州の家族農場を失う。プラーチェの『Native Life in South Africa』に描かれた人々のひとり、という設定。
「「貧しい白人問題」の当事者。アフリカーナー民族主義が彼らをどう取り込んでいったかの語り手」
ブール戦争後の経済低迷で都市に流入した世代。1934年「精製党」、1948年国民党勝利を内側から見ていく。
▷ 再登場: ch05
「南ア共産党(SACP)系の白人女性活動家。労組と反人種主義運動の接続を語る」
東欧からの移民2世。1922年の白人鉱山ストライキの矛盾(労働者連帯と人種主義の同居)を目撃する。
※Ruth First や同時代の白人左翼活動家に着想。
▷ 再登場: ch05, ch08
「1948年勝利の高揚と「秩序」の論理。アパルトヘイトを「悪意」でなく「合理」と信じる側」
プレトリア郊外、Broederbond(秘密結社)末端メンバー。Verwoerd の演説を熱心に聞く。
「ダーバンのインド系コミュニティ。1950年集団地域法で住み慣れた街区を追われる」
祖父の代に契約労働者として南アに来た一家。アパルトヘイト法が「黒人だけの問題」でないことを示す視点。
「1955年から始まるソフィアタウン強制立ち退きの当事者。多人種が共存していた街の最後」
ジャズと文学と政治がごちゃ混ぜになった街で育った世代。Drum 誌の時代。
「1952年Defiance Campaign 期のANC内部の論争。非暴力と直接行動の境目に立つ若手」
マンデラの幼名に着想。タンボとの友情、トランスケイから来た青年弁護士の視点で1950年代を見る。
※若き Nelson Mandela と同時代の青年同盟メンバーに着想。
▷ 再登場: ch06, ch09
「1960年3月21日シャープビルでパス法抗議に参加。ANC主流と袂を分かったPACの視点」
ヴァール川南岸の出身。Robert Sobukwe の演説に心を動かされた世代。
「1961年MK結成後、国外で軍事訓練を受け、サボタージュ作戦に参加する女性」
ANC婦人連盟から地下活動へ。タンザニア・ザンビアで訓練、武装闘争への移行を語る。
▷ 再登場: ch08
「リヴォニア裁判(1963-64)、ANC・PAC非合法化、90日間拘禁法の執行側」
冷戦下、共産主義者狩りを使命と信じる。Verwoerd 暗殺(1966)後の治安強化を担当。
▷ 再登場: ch08
「アフリカ統一機構(OAU, 1963年結成)・国連での反アパルトヘイト外交の語り手。独立アフリカが連帯し始めた瞬間の証言者」
1957年独立ガーナのエンクルマ政権下で育った世代。「アフリカの年(1960)」を背景に、国連で南ア追放決議に関わる。
「スティーヴ・ビコの思想に出会い、SASO(南ア学生機構)で活動。ビコ獄死(1977)を直接体験する」
フォートヘア大学の学生。「Black is Beautiful」のスローガンと共に育った世代。
「バンツー教育法とアフリカーンス語強制使用への怒り。6月16日デモを内側から語る」
ソウェト・モリス・アイザックソン高校の生徒。Hector Pieterson の同世代という設定。
「アンゴラへの「ボーダー戦争」に駆り出された白人青年。冷戦の最前線に立たされた当事者」
プロローグのピーターの父親世代という設定。1975年Savannah作戦に参加。後年PTSDを抱える。
「1976年に「独立」を強制されたTranskei等のホームランド政策の被害者・当事者」
ボプタッワナ移送先で家族を再建しようとする中年女性。「市民権を奪われた」体験を語る。
「1983年UDF結成、教会主導のボイコット運動、Tutu大主教の世代。非暴力路線の最前線」
ケープタウンのアングリカン教会司祭。葬儀が政治集会と化した1985年の体験を語る。
「街区を「解放区」にしようとした若者たち。necklacing含む暴力の両義性も語る」
1985年Vaal三角地帯出身の少女。学校ボイコット、街区委員会の活動家。
「英国の制裁運動、Free Mandela 運動、Sun City ボイコット、文化制裁の語り手」
ロンドンの大学生。1988年マンデラ70歳誕生日コンサート(Wembley)に参加。
「「総攻撃(Total Strategy)」の論理、フロントライン諸国への越境攻撃、State Security Council の内側」
P.W.ボータ大統領の側近。Tricameral Parliament(1983年)の設計に関与した実務家。
「なぜNP政権はマンデラ釈放を決めたのか。ベルリンの壁崩壊と「ソ連カード」消失の影響」
内側から1990年2月2日演説、CODESA交渉、白人国民投票(1992)の過程を語る。
「亡命先から戻り、CODESA・ジェンダー条項・暫定憲法を交渉する側。「和解」が女性の視点を排除しがちなことに気づいていく」
1960年代に亡命、ロンドン・ルサカで活動。Frene Ginwala 等のANC亡命女性世代に着想。新憲法のジェンダー条項策定に関与。
※Frene Ginwala (1932-2023) ら ANC 亡命女性活動家に着想。
「1990-94年「第三勢力」とANC-IFP抗争の当事者。和解ナラティヴが見落としがちな暴力の語り手」
KZN出身、ホステル労働者。ブテレジ支持の家族で育つ。Boipatong虐殺(1992)を背景に。
「1995-98年TRCの「真実か裁きか」のジレンマ。恩赦と被害者の声、Tutu大主教との関わり」
インド系の女性法律家。TRC人権侵害委員会に関わる。
「1994年以降生まれ。Fees Must Fall(2015)世代。「自由の約束」と現実のギャップを語る」
ヨハネスブルグの大学生。BEEや高失業率を当たり前として育つ。
「BEE(黒人経済力強化)の恩恵と批判。新興黒人エリート層の視点」
元教師、現在は鉱業会社の取締役。「BEEは本当に底辺を救ったのか?」という問いと向き合う。
「2008年・2015年・2019年のゼノフォビア(外国人襲撃)の当事者。「虹の国」の影」
ヨハネスブルグの黒人街区(タウンシップ)でスパザショップを営む。
「土地改革論争、農場襲撃問題、Orania運動。少数派化していくアフリカーナーの不安」
北西州の家族経営農場。子供は英語で大学に行き、Cape TownかLondonに出ていく。
「カラード系言語学者として Kaaps と標準アフリカーンス語の関係を研究。Adam Small の文学と1856年アラビア文字アフリカーンス語を学生に教える」
Bo-Kaap出身。Adam Small (1936-2016) の評伝で博士号。「アフリカーンス語は誰のものか」を問い続ける。
※実在のUWC言語学者複数名(Hein Willemse, Quentin Williams ら Kaaps 研究者)に着想を得た合成キャラクター。
「第6章 naledi_mk(MK 兵士)の孫娘。#AfrikaansMustFall (2015) 世代として、祖母の闘った時代と現在を接続する」
ヨハネスブルグ出身、政治学専攻。祖母の遺品の Freedom Charter コピーを宝物にしている。
▷ 再登場: ch06
「第5章 oom_kobus(アパルトヘイト擁護派の老農夫)の孫息子。祖父の立場を継ぐのか/決別するのか。Open Stellenbosch / Luister 動画への当事者的反応」
Stellenbosch大学の法学部生。Afrikaans を母語とするが、祖父の世代観とは違う場所に立とうとしている。
▷ 再登場: ch05
「第2章 amina(17世紀ケープのマレー奴隷の子孫)の系譜。1856年 Abu Bakr Effendi のアラビア文字アフリカーンス語伝統を継承する話者として、Kaaps の宗教的・歴史的意味を語る」
Bo-Kaapのモスクのイマーム。家にはアラビア文字で書かれた古いアフリカーンス語写本がある。家庭では Kaaps を、説教では標準アフリカーンス語を使い分ける。
▷ 再登場: ch02
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